夏野の驚異の部屋

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北斎の血は娘に受け継がれていた ”葛飾応為”

どうも皆さんこんにちは。

つい油断したら夏風邪を引いてしまいましたが元気です…!

篠虫です。

 

 

今回は、あの北斎の娘、葛飾応為のお話です。

 

 

北斎の記事

 

natuno-wunderkammer.hatenablog.jp

 

 

 

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葛飾北斎は、このブログでも「百物語」連作の紹介をしてきたのでおなじみですね。

というか、そんなものがなくても日本を代表する画家の一人だと思いますが。。。

 

そんな北斎ですが、実は子供が数人いました。

中でもその一人、三女の“応為”は父と同じく画家になりました。

 

 

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1840年代中頃の葛飾応為 露木為一筆

 

親子で著名な画家、というのは珍しくない話ですが応為はその確認されている現存作品数が10点前後という少なさから、知名度もあまり高くありません。

 

 

ですがその画力と表現力は父親譲りの素晴らしいもので、「この時代にこんな絵を描いた日本人がいたのか」と思うほどです(^_^;)

 

 

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葛飾応為『吉原格子先の図』 紙本着色 19世紀中頃 太田記念美術館

 

・・・びっくりしませんか!?

 

 

私は初めて見たとき、江戸時代の絵画表現を越えていると感じました。

この絵が描かれたのが1800年代中頃なので、すでに欧米の油絵や遠近法といった西洋絵画技法は伝わっていました。

 

北斎自身も積極的に透視図法を取り入れたりした形跡はその作品から見て取れます。

 

しかし応為の関心は父を上回り、やや誇張された強い明暗表現、情景をよく観察して描かれた細密描写非常にレベルが高いです。

 

 

 

どんな人物か

 

応為は、若い頃一度他の絵師に嫁いでいるのですが、しばらくしてその絵師の絵の拙さを笑ったため離縁されます。

その後、出戻った彼女は北斎の元で画家家業を行ないつつ、父の助手も務めました。北斎の晩年の作品には、80を越えているとは思えないほど鮮やかな色彩・細密描写があるため、確認されていない北斎・応為の共作が多数あるのではないか、と言われています。

また北斎から「美人画では俺よりも上だ」と言われるほど「美人画」を得意としていました。そのことから春画・枕絵の彩色の手伝いもしていました。

 

作品は肉筆画の美人画が多く、前述の春画・枕絵作者としても活躍しました。

(手持ちに画像がないので載せませんが…)

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葛飾応為『月下砧打美人図』 紙本着色 19世紀中頃 東京国立博物館


人柄は、父親に似ていて、やや慎みに欠いたといいます。男のような気質で任侠風を好み、また衣食の貧しさを苦にすることはありませんでした。絵の他にも、占いに凝ってみたり、茯苓を飲んで女仙人になることに憧れてみたり、小さな豆人形を作り売りだして小金を儲けるなどしたらしいです。

葛飾応為 - Wikipedia

 

 

また”応為”という画号について、

 

 「応為」の画号は、北斎が娘を「オーイ、オーイ」と呼んだので、それをそのまま号としたとも、逆に北斎を「オーイ、オーイ親父ドノ」と大津絵節から取って呼んだからという説や、或いは北斎の号の一つ「為一」にあやかり、「為一に応ずる」の意を込めて「応為」と号したとする説もある。 

 などいくつか説があるようです。

 

 

 

作品

 

先に2つ紹介したので、もう作品が残っていないのですが・・・(;´Д`)

 

 

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葛飾応為『夜桜美人図』 絹本着色 19世紀中頃 メナード美術館

 

少々画質が悪いのが気になりますがあしからず。。。

 

この『夜桜美人図』、庭にある灯籠の明かりを頼りに絵を描く女性を描いたものです。

 

先に述べたように、応為の得意な極度な明暗表現、細密描写がはっきり出ている作品ですね。

 

実際の灯籠のろうそくでは、ここまで明るく顔や手元は見えないはずです

ですが、これはあくまで絵画上のお話。

現実の法則よりも美しさが重要になります

 

女性の白い顔、赤い着物とその模様、後には満開の桜の花々が強い光に照らされ闇夜に浮かび上がります。

 

誇張された明暗表現が、自然と鑑賞者の視線を女性の顔から手元、着物を伝い足先まで、さらに灯籠と桜へ、そして夜空に伸びる松へと誘導されていきます。

 

視覚的な美しさを効果的に見せる工夫が、応為の技量によって自然と絵画中に組み込まれていますね。

 

 

 

 

 

素晴らしい作品をいくつも残した応為でしたが、その晩年についての正確な記録は残っていません。

ただ嫁ぎ先から出戻った後、北斎の亡くなるまでの20年近くは共に暮らしていたとされます。

 

 

まだ女流画家が少なかったであろう時代に、父同様に周りを気にせず己の道を貫き、生涯絵の世界に生き続けたであろう応為には尊敬の念を持ちますね。

 

 

 

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さて、いかがだったでしょうか?

 

最近、まとまりつつあった文章の書き方が、再び不安定になっていてちょっと悩んでいます(笑)

 

応為の話は北斎の話をしたからには、しておきたかった話だったので書けて良かったです!

 

 

それではまた!

(。・_・)ノ

 

 

 

 

 

北斎と応為 上

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